大島秀夫さんの人生ストーリー

脳性麻痺による四肢障害を持って生まれた大島秀夫は、 生まれながらにして難聴で、4才になっても歩けなかった。

家の扉をあけることもできなかった大島秀夫は、

「この扉の向こうには楽しい世界があるんだろうな」

と感じていたが、歩けないので自分では外に遊びに行けず、 つまらない日々を過ごしていた。

大島秀夫の両親は、歩けるようにリハビリや針の治療など 色んな治療法を息子に試し続けたところ、 6才の時には歩けるようになり、8才からはマンガにはまり、 色んなことをマンガで学んでいった。

しかし、小さい頃から健常者と分けられて育てられ、 公園で健常者の友だちと遊んでいても、友だちの親から

「あの子と一緒に遊んじゃ駄目!」

と言われ、悲しい思いをしていた。

いつしか健常者に対して怒りを抱くようになっていた大島秀夫は、 何か一つだけでも健常者に勝てるものが欲しいと思い、 勇気を出して不良のたまり場となっていたゲームセンターに行き、 格闘ゲームを始めた。

その格闘ゲームの名は、「鉄拳3」。 当時、若者の間で一大ブームとなった人気ゲームだった。

そして大島秀夫が選んだキャラクターは、ごう慢で自己中心的な悪役キャラの「平八」。 脳性麻痺による四肢障害がありながらも、ゲームの中の大島秀夫が強くなるのには、 そう時間はかからなかった。

そしてついには地元のゲームセンターには敵がいなくなるほどに強くなり、 日本一の強者が集まる新宿のゲームセンターで、「奈落王しま平」と呼ばれるようになっていた。

鉄拳3を通じて初めてたくさんの健常者の友だちができた大島秀夫だったが、 怒りの気持ちは満たされず、大阪や高松での有名プレイヤーのオフ会にも参加した。

そのオフ会で、大島秀夫は心が負けていなければ、強い人にでも勝てることに気付いた。 そして、プレイする時に補聴器を外すことで集中力が2倍にも3倍にもなることに気付き、 奈落王しま平の名前は全国に轟くまでになった。

ゲームの中の世界では強かった大島秀夫だったが、 現実の世界では、健常者の相手にはならなかった。

公園で暴走族の1人から因縁を付けられた大島秀夫は、 ムカついて無視していたところ、 その暴走族の1人が仲間を5人呼ばれ、 突き飛ばされ続けた。

すると暴走族の総長が現れ、突き飛ばされていた大島秀夫を助けてくれ、 話を親身になって聞いてくれ、 いつしか大島秀夫は暴走族の集会にも参加するようになっていた。

集会で暴走族のメンバーと仲良くなった大島秀夫は、 つらい思いをしているのは障害者だけではなく、 親が首を吊ってしまったという過去を持つような健常者も 怒りの中で生きていることを知った。

そして、障害者である自分も健常者と同じように生きようと決意し、 業務システム開発の会社に就職。

こうして大島秀夫は、健常者と同じように働き始めたのだった。

(続く)

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ニッキーです。

大島秀夫さんと出逢った時に、私はこう感じました。

「障がい者だ。守ってあげなくちゃ!」

そして、大島秀夫さんが車にひかれないように車道を一緒に歩き、 一緒に参加したトークイベントでは声が聞こえやすい位置に座れるように誘導しました。

しかしその後、私の考えは一変しました。 大島秀夫さんの、障がい者らしからぬ行動力を目の当たりにし、 健常者も障がい者もないということを、思い知らされたからです。

大島秀夫さんは、耳も聞こえないのに環境イベントのミーティングに参加し、 聞こえないのに必死に聞こうとし、必死にメモを取り、わからないことを何でも質問していました。

そしてうまく歩けないのに、環境イベントのステージで踊る役に立候補し、 元LUNA SEAのSUGIZOさんの荘厳なエレキバイオリンの元、3分間踊ったのです。

この踊りは、プルトニウム役として全身黒タイツに身を包んだ大島秀夫さんにタッチされた 観客は死んだふりをしなければならない、というプルトニウムの恐ろしさを表現するための踊りでした。

いつしか私は、

「耳もよく聞こえない。手足も自由に動かせない。そんな大島秀夫さんがあんなにがんばっているのに、自分は何をやっているんだ」

と感じるようになり、健常者と障がい者という境界線が見えなくなっていました。

「人は誰もが多かれ少なかれ障がいを持っている」

そう話す大島秀夫さんは、身体的な欠点は全く言い訳にならない、ということを私に身を持って伝えてくれた大師匠です。

【人生をストーリーにする質問】
「あなたには、どんな障がいがありますか?」